‘頑張ろう南三陸’ Archive

おでってまとめ(12月編)

12月2日から5日まで南三陸町に。 今回は、 2日:復興民宿「下道荘」に新聞記者さんをおつなぎ 3日:世田谷自由大学さま視察アテンド    義母の還暦祝い in 食通さとみ    クリスマスパーティ in 泊浜センター    楽天視察団にクリコさんお繋ぎ in ニュー泊崎荘(泊) 4日:千葉海苔さまでお土産購入    語り部 in 食通さとみ    楽天大学セミナー in 登米eビジネスセンター 5日:出品打ち合わせ in マルアラ及川商店さま という感じ。 どれも、濃い時間でした。 「ほんもの」 と接することができるのは、とても学びになります。 関係者のみなさまに感謝です。

報酬は感動

本日、「南三陸町 de お買い物」 ( http://www.odette-shop.com/ )で、 ご注文いただいた際に書かれていたメッセージ。 ほとんどすべての方が、応援メッセージを記入してくださいます。 もちろん、私でなく、出品者の方にあてたメッセージなのですが、こちらまで励まされます。 ショップは、初期費用も、維持費も、売上手数料も、無償でご提供しているので、 労力がかかるばかりで全く儲かりませんが、 このような温かいメッセージに触れることができるのが報酬だし、 モチベーションの源泉になっています。 # すべての応援メッセージはここ( http://www.odette-shop.com/ )とか、 # ここ( http://www.odette-shop.com/user_data/support_messages.php )で掲載しています。 震災当時、まったく役にたたなかったICT系スキルでやっと貢献できるようになってきました。 頑張ります!! Ally-OopさんのTシャツ、デザイン好きです♪ くりこさんのロールケーキ、届くの楽しみです♪ あたしは仙台市民です。宮城県民です。 なのに、復興、とか応援、とか、支援、とか、何をしたらいいのかも分からない。 今自分がしていることが正しいのかさえわかんない。 何をしたら誰かの涙が乾くのか、 何をしたら誰かが笑顔を思い出すのか、 何をしたら町がまた輝くのか。 分からないから、あたしはひたすらに自分の生活を回します。 自分の生活を回しながら、美味しいロールケーキを食べます。 自分の生活を回しながら、かっけーTシャツを着ます。 あたしの回す生活の向こうに、 誰かの回す生活がありますようにと祈りながら。 あたしの回す生活のその地続きに、 誰かの生活が繋がってますようにと願いながら。

寝返り寸前

南三陸町に出張に来て一週間。 その間も息子は急成長中。 寝返り成功まであと一歩とのこと。 うつぶせ訓練すると、以前は苦しそうだったのに、最近はゴキゲンとのこと。 子供は本当にカワイイですね。 パパ頑張ります!

ふんがー

ふんが ふんが 広太が泣く直前や興奮している時に発する声(?)です。 これが発展して、泣きの最初の段階になると、、、 ふんぎー ふんぎー になります。(笑 ところで、、、 ムチャクチャ忙しいです。 任せたり、先送りしたり、緊急以外のメール返信を停止したり、お誘いを断ったり、 色々、工夫してはいるのですが、 それでも、各方面から催促される始末。 催促されるなんて、ここ何年もなかったような・・・。 必須の残作業も多数。 多くのことが中途半端になっています。 ふんがーーーーーーー もっと息子と遊びたいぞー。 年内には立て直さなきゃ。

南三陸町特化型ECサイトをOPENしました

ノリちゃんのコメントで気づいたのですが、うかつにもこちらのページで告知しておりませんでした。 去る8月22日(?)に、おでって仲間と南三陸町特化型のECサイトを立上げたので、ご報告します。 このサイトは、3月11日の津波で大きな被害をうけた南三陸町の事業者を応援するのが目的です。 具体的には、ノーリスク(初期費・維持費ゼロ)で販売チャネルを提供することにより再建をおでってします。 事業者が元気になることで現地での雇用が生まれ、町が再生していきます。 というシナリオですが、さてさて。 現在扱っている商品は以下のとおりです。 サンキューTシャツ・・・ 震災後に避難所となった志津川高校で半年にわたって厨房を守り続けた、スポーツバー「アリウープ」(津波で全壊)を経営していた内田兄弟プロデュースのTシャツです。残り僅か(51着)です。 ⇒ 完売しました。 月刊おぢゃとも・・・南三陸町出身者による南三陸町のためのフリー情報誌です。プロデザイナ・編集者が入っているので本当にクオリティが高いです。無料でDLできます。 手づくり「絆」ロールケーキ・・・3月11日、震災後、陸の孤島となった南三陸町泊浜(とまりはま)の住民が食べたものは?地元で愛されてきた、くりこさんのロールケーキです。個人的には「ずんだ」味がおすすめ!ロング2つにハーフ1個がつくキャンペーン実施中です! 立ち上げたばかりの無名サイトですが、おでって仲間が告知協力してくださったり、 それぞれの出品者を応援する多くの支援者の方々の尽力もあり、 2週間で約20万円の売上がありました。 まだまだ微力ですが、少しでも力になれるよう頑張っていきたいと思います。 ( 現地の人にショップ運営を委託(トレーニング込み)して、 ネットリテラシ、ネットショップノウハウを有する人材を育成したいという思いもあります。) 今後は、南三陸町らしい産業として、 「水産加工」そして「民宿」 といった事業者の商材を扱わせていただくことになっています。

おでって準備不足を痛感中…

我が家で定番になっている妻の一言。 「誰も頼んでないからね!」 まさにそのとおりで、 誰に頼まれてやってるわけでもないので、言ってはいけないのですが、、、 忙しい・・・。 です。 このため、短気になってるし、視野も狭いです。 原因は明らかです。 能力とか取捨選択が下手といった問題もありますが、根本的には「準備不足」に尽きます。 例えば、マルアラ及川さんから聞いたところによると、、、 『震災後から南三陸町が大変お世話になった群馬県桐生市へ 恩返しツアーに参加してまいりました。 桐生市にはボランティア団体が50団体もあり 「震災があって⇒支援準備⇒支援」ではなく 常に「支援準備⇒震災⇒支援」なのだそうです。 真似出来ませんね すばらしい方々、市民性でした』 【参考】桐生市ボランティア協議会 震災デビューのボクとは準備が違うのです。 復興のゴールは人や団体により色々とあると思いますが、 例えば「仮設住宅から全員が出た時」という定義を使うのであれば、 阪神淡路の時の5年を遥かに上回るのは確実だと思われます。 モチベーションだけで復興の長丁場を走りきるのは困難です。 既に手がけている案件はもちろん責任をもってやりますが、 並行して、3年後、5年後に期待されるIT系の仕組みを考えて、 準備しようと思います。 禅悦さん、気づかせてくれて、ありがとうね。

被災地住民の生の想いを知るのに最適=>復興町民会議報告書が公開

義兄も参加している「南三陸町震災復興町民会議」の報告書(PDF、6.58MB)が公開されました。 国や県が出す復興計画ではなかなか見えてこない、 被災地住民の生の声を「幅広く」知るのに非常に良い材料だと思います。 義兄に 「ファシリテーターを宮城大学の教授が担当。」 「進行やグループ分けなど随所に配慮がみられる。」 と聞いていたのですが、報告書を見るとそれが伺えます。 KJ法(?)を使って議論を整理・集約しています。 また、被災地外から見ていると、被災地・被災者と一くくりにして考えがちですが、 実際には、家族、家屋、仕事を失ったかどうかで、 各自がおかれた環境ひいては心境はかなり異なっています。 そういったことも配慮してグループ分けしたそうです。(=>近い境遇の人でグループ化) このため、グループごとに意見に特色があったとのこと。 ・親族や家屋を失った方々は「安全・防災」 ・仕事を失っている方々は「生活再建」 ・比較的恵まれた環境の人であれば「(観光振興や企業誘致といった)町おこし」 という感じでしょうか。 # 【補足説明】 # 義兄によると、 # 『(家族・家屋が無事かどうかに関わらず)当日、津波を実際に体験した人は、やはり「安全・防災」に一番関心がある。』 # 『その点は、当日・直後に町にいなかった人(町おこしに関心)とは温度差を感じる。』 # とのことでした。 被災地おでってを志す人はぜひご一読ください。 (なお、この町民会議、年齢層・性別には偏りがあります。 30代中盤の義兄が下から2番目に若く。女性は2・3人だけだったとのこと。) 南三陸町震災復興町民会議の報告書(PDF、6.58MB)

南三陸町で出会った人(9)及川博道さん

上海で暮らしていた時にも強く感じましたが、 被災地には、志のある人材が集まっています。(密度が濃い) 特に、あの3月11日から半年が経過しようという現在でも、 おでって活動を続けている人は、 (私が言うのは僭越ですが)高い志と行動力だけでなく、 頭もよく、バランス感覚にも優れた人だと思います。 (高いモチベーションというか激情だけでは半年も活動を続けられないのです。除く自分) そんな一人。 及川博道さん(@883hiro)は、 南三陸町の戸倉地区でながしづ荘を拠点に大活躍されています。 ICTに関する造形が深い(過去に町の情報化戦略委員?もつとめている)のに、 やっていることは仮設住宅敷地での木造ベンチの製作だったりします。 この意味がわかるでしょうか? ベンチがあると、人が集まってきて、コミュニティが生まれて、情報が流通しだすのです。 情報流通は、まずここから手掛けないとダメなんだと教わりました。 (ご本人の表現を借りると、「情報環境の仮設復旧」) こういうアナログ&ローテクな活動と並行して、 ハード面としての情報インフラ(例.10台のモバイルルータを動的に設置)の整備、 ソフト面としての情報リテラシ(例.Twitter講習会)の向上も手掛けています。 ( 資金や気温や仮設住宅環境によって動的に変わるが、 現在のところ、50歳以下はTwitterとWifi環境、70歳以上はベンチが解とのこと。 ) 脱帽です。 お話させていただいた時に特に印象に残ったことが3つ。備忘録として。 ・現在の課題解決と未来の課題解決の双方が同時に求められている。 ・東京のITをそのまま持ってきてもダメ。文化的土壌(例えば漁師のDNA)を考慮すること ・超長期スパン(1000年)で戸倉地区の復興を考えている。 ICTを活用した被災地支援を考えている団体・個人は、 及川さんに会って話してみることをおすすめします。 # 震災直後の救命・生命維持段階でのお話もとても興味深いですよ。 【参考】及川さんが策定に関わった、「南三陸町情報化推進計画」(PDF、1.8MB)

月刊「おぢゃとも」創刊

南三陸町出身者の手による情報誌・月刊「おじゃとも」が創刊されました。 現地の仮設住宅などに無料で配布されます。 こちらからダウンロードできます。(PDF、4.8MB) いったい、なんなのこれ? 信じがたいほど、コンテンツが充実しています。 インタビュー、四コマ漫画、川柳、レシピ、お店情報、… 文章、デザインも洗練されています。 ゆるキャラ「だんごうお係長」のTwitterアカウント(@55dangouo)も開設されています。 (談合係長ではなく、だんご・うお係長。) 凄いなぁ・・・ トップ記事では、地元を代表する企業の社長・ホテルの女将さんのインタビューに加えて、 伊藤聡記者の熱い思いも綴られています。 ちなみに編集長と、記者は、 再開情報マップで一緒に活動させていただいているお二人。 光栄です。

“自給自足”から”現地で消費”へ(ボランティアの行動指針)

南三陸町お店再開情報マップは、「いいね!」が100を超えました。 現地の地理感がないボランティアさんにおすすめです。私自身、地理感がつくまでは、重宝しました。 震災直後は、ボランティアの基本原則として、 「自給自足。現地の食料や水、燃料などの資源に手をつけてはいけない」 が推奨されましたが、現在はまったく状況が違っています。 「ボランティアは現地で購入できるものは現地で購入(することも復興支援になる)」 という発想でお願いできればと思います。 南三陸町の場合、一部の家電製品(扇風機)を除いて、 食料、燃料、衣料、宿泊、風呂、… など全てまかなえるようになっています。 何が、どこで提供されているかがわからない。 そんな時、再開情報マップを活用していただければと思います。 # ボランティアが営業妨害になっているという話を聞くことがあります。(例えばヘアカット) # 善意が独善になっていないか?を常に自身に問いかけないと。。。