Archive for 4月, 2011

自由大学に行ってきました。被災地支援にも期待

昨日は上海時代の仲間(涼子さんとmeiwentiiさん)に誘われて、 自由大学の「レクプラ」に観覧者として参加してきました。 レクプラとは「レクチャープランニングコンテスト」の略で、 「自由大学の新講義を自由に創ることを目的とした講義企画コンテスト。」 のことです。具体的には、 「企画者が魅力的な講義のアイデアを発表し、 観覧者全員が投票する コンテスト形式で、 高評価を得た企画が講義化されます。 発表の後は、観覧者全員で意見を出し合い、 講義のブラッシュアップも行います。」 (自由大学ブログより抜粋) というもの。 事前にホームページやブログを見た印象では 「カルチャーセンターの延長?」 という程度の認識で、それほど期待値は高くなかったのですが、 いい意味で裏切られました。 3つのプレゼンを聞かせていただきましたが、 癒し系、ビジネス系、お笑い系(講座は楽器の自作&演奏なんですが講師の方が変人 笑)と どれも個性豊かで実践的な内容。 自身にはない発想・才能に触れることで刺激になりました。 「新小田裕二」さんという冗談のような本名を持つファシリテーターが、 質問や突っ込みを通じて、 企画の核心部分は何か? 魅力は何か? 講座化しようとした時の課題は? 等を浮かび上がらせます。硬軟とりまぜたトークは勉強になりました。 「立て”石”に水」と何度も繰り返していたのが気になりましが。。。 学長さんに「今日は特別クオリティ高いのですか?」と聞いてみたところ 「いつもこんな感じです。たまーに的外れな方もいますけど(笑)」 とのことでした。 すげぇ~ さらに、 「ぶっつけ本番でなく事前に構想を聞いてスクリーニングしてます。」 「企画の核心、講師の強みを引き出して、言語化して講座化する事には自信あります。」 なるほど。 当面は震災関連の活動を優先するので受講できないのが残念っ! ━━━━━━━━━━━━━━ ■震災関連の活動について ━━━━━━━━━━━━━━ 自由大学さんは、被災地支援にも積極的に関わっていくとのことでした。 東京にいて頭で想像するのと、被災地を見ながら考えるのでは雲泥の差があるとの考えで、 既に拠点として、被災地(仙台の若林地区?)の農家さん宅を月25万円で借り上げたそうです。 プレゼン後に行われたミニパーティーのなごやかな雰囲気の中、 廊下で深刻な顔で話をしている方々がいらしたのですが、 ちょうど「ペット保護」を終えて被災地から戻られたばかりとのこと。 南相馬から仙台、気仙沼、岩手と回ってこられたとのこと。 上述した拠点で保護したペットを預かるそうです。(涙 私は、情報入手も遅く、技術もなく、組織もなく、 微々たるお金でしか貢献できなかったと後悔しているので、 ぜひ次の活動ではご協力させてください。とお願いしました。 才能、行動力を兼ね備えた人材が溢れる自由大学さん。 一味違う復興支援を展開していただけるではないでしょうか。 さらに学長の和泉さんからは、 [...]

三陸産「ほたてわさび」と「牡蠣佃煮」

妻から宮城県のアンテナショップで南三陸町の物産が販売中と聞いたので行ってきました。 妻の実家にお見舞いをいただいた、ヨシバさん(実家のおとなりさん)へのお礼と、 明日、お邪魔する自由大学フリユニクラブへの差し入れです。 平日の昼間にも関わらず大勢の人でにぎわっていました。 店員さんに聞いたら震災から4日目くらいからずっとこんな調子とのこと。 募金の累計は2000万円を超えたとのこと。 お目当てのほうは、三陸産(志津川や石巻)の原料を使っているという「ほたてのわさび漬け」と「牡蠣の佃煮」をゲット。 マルアラ及川商店さんという南三陸町の水産加工会社さんの商品。なんでも5つの工場のうち4つが津波で全壊したとか・・・。 頑張って欲しいものです! さっそく、自分たちの分を食べて見ましたが、、、 美味い!! これから何年(一説には5年以上)かは、 志津川湾でとれたホタテや牡蠣で作った製品は手に入らなくなるので、 しっかり味わって・・・ と思っていたらあっという間に完食してしまいました。(汗

活動・発言の背景にあるもの

私の震災後のツイートを眺めると、活動や発言にとりとめがないように感じる方もおられるかと思いますので、背景等整理しておきます。 ■1.節電チラシ・ポスター配布 これは、完全な思いつきです。 お祖母ちゃんが安否不明であった事に加えて 南三陸町の衝撃的な映像をみて動揺しました。 何か少しでも貢献してると信じられることをしていないと落ち着かなかったです。 ■2.中国人安否確認支援 中国で仕事していました。(2006年から4年間) その時の仲間やツイートを見て共感してくれた方など10人で取り組みました。 ■ 3.南三陸関連 妻の出身地。 妻が身重で動けないので、僭越ながら代わりに活動・発言しています。 ■4.ペット関連 自宅に猫が3匹。家族の一員。 妻が動向をウォッチして(およびあやしげな団体でないかチェック)いるので その情報を元に発言しています。 ■5.その他 はらから福祉会・・・中国仲間 meiwentiiさんのRTに共感 いわき産トマト・・・中国仲間で小名浜で頑張ってるriken_komatsuさん を少しでも励ましたかった。 ということで、衝動的な性格をもっているのは確かですが、 やみくもに動いているわけではありません。 自分の非力さは承知していますので。できる範囲でやってます。 なお、発言については、 「当事者として発言する。」 「言行一致」 「考えを押し付けない」 「評論・批判しない。改善を求める場合は対案出す」 等を心がけてます。 もっと、比喩やウイットを交えて語りたいのですが、 そういう才能には恵まれておりませんので期待しないでください。(汗

まだ早いようです。「まだ頑張れない」

南三陸町関連で以下のような記事が掲載されていました。 地域の被害伝えなくては 南三陸の住民2人が瓦版制作(河北新報) とても共感できる取り組みです。 ただ、気になったことが1つ。 『まだ頑張れないけど、諦めたくはない。 復興に向けた地域の思いや行動をつぶさに追っていきたい。』 私が気になるのは、 「まだ、頑張れない」 の部分です。 この発言がなんでも悲観的にとらえる人のものと判断すれば無視しますが、 前向きな取り組みをされている方の発言なので重たく受け止めています。 復興の話はまだ早いんだと。 マスの報道では「被害の大きかった南三陸町」とひとくくりにされてしまいますが、 実際はそう単純ではありません。被災者同士でもかなり状況に格差があります。 家を失った人、そうでない人 仕事を失った人、そうでない人 そして何よりも、 家族を失った人、そうでない人 より手厚く支援すべきなのは、多くのものを失った人ですが、 そういう方々が復興を考えるのはまだ難しいのだと思いました。 妻にも 「もし、おばあちゃんが亡くなってたら、まだ立ち直れてないと思う。」 と言われました。 単なる一介のプログラマの分際で僭越ではありますが、 今月中には現地に行って、たんなる見舞いや慰問でなく、 多少なりとも自立的な復興に貢献できるプランの提案をしたいと考えておりましたが延期します。 プランを洗練すること、オプションを増やすことに取り組みます。 お知恵を貸してくださっている皆様、 引き続きご指導をお願いいたします。

Twitter使い過ぎ!

と、妻に指摘されました。 震災後、とてもお世話になったので、その惰性で使ってましたが、確かに過剰。 Twitterの場合、玉石混交の情報・主張が否応なく流れてくるので、 「石」と思うものにおもわず突っ込みたくなってしまい、 その結果、先に公開したような記事を書いてしまいます。 これって、既に方向性が固まっている私には無駄な思索・行為なんだと。 (そもそも自分と違う意見を頭ごなしに否定する態度がNG。) Twitterの速報性を必要とするような状況でないのも確か。 一日遅れでもまとめてあるサイトを見たほうが質も効率も良い。 # 南三陸町の場合は、地元出身者の有志による # 「南三陸町支援情報ポータルサイト」が開設されました。 実際、妻はTwitterを完全に使わなくなりましたが、 私が有用と思った情報は全て知ってました。 ということで、Twitter頻度を以前のペースに下げます。 妻に感謝!!

ボランティアに熱心な人の発言で気がかりなこと

今回の震災でボランティア活動を頑張っている人には頭が下がります。 ただ、そういった方々が盛り上がっているツイートを眺めていると、 以下のような表現によく出会います。 「何もしない人は・・・」 「行政は・・・」 この後にネガティブな表現が続きます。 残念ながらこの認識は間違っています。完全に。 ボランティアをしている人はもちろん素晴らしいです。 ただし、していない人や行政を非難する資格は全くありません。 自身で物資の選定・調達、移動手段の確保・運搬をやってみて痛感しましたが、 人力的にも、資金的にも、効率的にも ボランティアがやっていることは本人達が考えるほどの影響力はありません。 (医療関係など専門能力を持ってる方、現地で活躍している人は貢献大) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■資金的な観点でのボランティアの貢献度 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今回の震災で赤十字社等によせられた義援金は、阪神淡路を大幅に上回る1200億円といわれています。 義援金にこめられた善意は素晴らしいです。 ただ、1200億円という額は、復旧資金(25兆円)として見積もられている金額の5%未満。 それ以外は全て税金です。 ライフライン系企業が自前で投入している資金も相当な額に上ると思われます。 自衛隊、消防、警察、電力、ガス、水道、通信、… 統制された組織のパワー、効率は半端じゃないのです。 もちろん、こういった組織は 融通が利かない(規格外に対応できない)という避けがたい問題を抱えています。 このスキマを埋めているのがボランティアですが、 それはあくまでもスキマであることを自覚する必要があります。 # ボランティア活動は、マクロ的に見ればスキマですが、 # 直接接点のある地域、家庭、個人に対しては、 # 大きなベネフィットを提供できることは言うまでもありません。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ボランティア活動を何もしていない人は貢献していないのか? ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 結論からいうと、普通に生活して税金おさめて消費しているだけで十分に貢献しています。 まず、 「ボランティア活動を何もしない人=本業を粛々とやっている人」 が少なくないことも知っておく必要があります。 実際に私が参画しているプロジェクトチーム(8人)には2人いらっしゃいました。 1週間後に初めて知ったのですが、 「仙台にいる妻とやっと連絡がとれた。」 「伯父がまだ不明で・・・。」 とのことでした。 私のように大騒ぎせずに粛々と働いている人がいたのです。 恥ずかしかった・・・(汗 自粛ムードを吹き飛ばす(消費拡大⇒経済減速を抑止⇒税金⇒復興資金)ために 私設リーグを盛り上げるぞ!と言っているのは、メトロスターズの大久根さんです。 復興資金の95%以上は税金や民間企業から拠出されることを考えると、 何もやっていない人というのは実はどこにもいないんです。 何もしない(ように見える)人を非難している人へもう1つ。 あなたは阪神淡路の時に何をしましたか? 中越の時は? 宮崎(狂牛病)は? [...]

雇用創出・維持は募金では無理

「雇用創出!」 というのは「言うは易し行うは難し」の最たるものです。 人を雇うことがどれほど大変なことか・・・。肌身にしみて知ってます。 勤めた経験しかないと給料日が「もう来たの?!」なんて思うことは少ないと思いますが、 払う側からするとそれはそれは早い。アッという間です。(笑 なので「雇用創出のために支援金を」なんて軽々しく発言する学者ボランティアには、 経営に携わっている人を冒涜しているように思えるし、 足りない頭と財布をフル回転して雇用をつくろうとしている人間として残念です。 悪気はないのはわかっているし、必死で頑張っている方なので、全体的には支持しているのですが、 「募金で雇用創出もできる」というような安易な雰囲気が形成されてしまうのを懸念しています。 雇用の創出・維持は事業モデルがあって、リスク資金があって、それを実現する人材がいて、 さらに運に恵まれて初めて実現するのです。 なんとか実現したい。

やるっきゃない!

ついにS4のML上で決意表明してしまった。もう後戻りできない。 やるっきゃない! Twitterでフォローしてくださっている方々は既にご存知だと思いますが、 私は今回の震災で壊滅的な被害を受けた南三陸町とご縁があります。 南三陸町の復興の一助となるべく、 「現地での雇用創出」 「やる気が湧いてくる未来図(201x年の南三陸町)を描く」 にチャンレンジします。 インフラの復旧は行政やインフラ企業が責任を持ってやってくれますが、 その先は、民間や個人の自助努力が求められます。 物資支援も義援金も素晴らしいことですが、 支援する側は今のペースでは肉体的にも精神的にも資金的にも続かないことは確実です。 受け取る側も誇りをもてないし、依存症になってしまっても困ります。 いわゆる「魚を与える」のと「魚の取り方を覚えてもらう」の違いですね。 ← うわっ偉そう(汗 義援金や物資の供給が不要と言っているわけではありません。 例えば生命維持のための物資は足りてますが、 生活の質向上という観点の物資は足りないのは良く言われるところです。 (そもそも、被災者の方は身内以外にそういうお願いをするのを遠慮するのも背景にあるかと。) # 実家に行くときにリクエストされた「ドラゴンボールとプリキュアの塗り絵」というのは # まさに「質」の部分ですね。 復興の話をするのは時期尚早という声もあるかもしれませんが、 義兄のように、勤め先のオーナーご一家が亡くなられて 求職活動中という状況が既にはじまっています。(ハローワークは大混雑とのこと) 被災者向け雇用情報も例えばリクルートが集約して発信していますが、 残念ながら勤務地が現地の採用は皆無のようです。 働きざかりの人が街を出てしまったら、誰が復興を担うのでしょうか? ボランティア?100%無理です。 ですので、現地での雇用創出を目指します。 私の力は限られていますが、私よりはるかに優秀な仲間が応援してくれます。 主役は現地の人、出身者の人であること、 決して忘れない辛い思いをしている人がいることをわきまえた上で、 コツコツとやっていこうと思います。 以下は、震災後から本日までの活動の簡易記録です。 折れてもおかしくなかった私を支えてくれたのは、 家族、そして一緒に支援活動に取り組んだ仲間でした。 この場を借りて感謝します。ありがとうございます!!! ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■3/11 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ・勤務先のオフィスビル内でその瞬間を迎える。 ・揺れてる最中に電話が入り、妻の無事確認。妻は常に冷静。 ・震源が宮城方面かも?という胸騒ぎ。Yahooで確認。悪い予感があたる。 ・続けて津波10m以上の予測。無意味と知りながらもTwitterで「逃げて!」と叫ぶ ・地震がおさまった後、早退。徒歩で川崎の実家へ向かう。古い家なので心配。 ・途中、コンビニで自転車を貸してもらう。(なんと電動!) ・妻のおばあちゃんと兄が安否不明であることを知る。 ・自身の実家の無事確認。 ・妻からメール。次兄の無事を確認。おばあちゃんはいまだ不明。 ・現地とつながっていた携帯メールが不通に。ここから約1週間音信不通に。 ・南三陸町は津波に対する意識は高いから大丈夫だろうと楽観。 翌朝、、、 [...]