Archive for 8月, 2011

広太が・・・

信じられません・・・。 ムチャクチャ、カワイイです。 妻、これまでの疲れが吹っ飛んだそうです。 ボクも父性にスイッチが入った気がします!! (初めて、涙でました。) 父は、頑張るぞー

被災地住民の生の想いを知るのに最適=>復興町民会議報告書が公開

義兄も参加している「南三陸町震災復興町民会議」の報告書(PDF、6.58MB)が公開されました。 国や県が出す復興計画ではなかなか見えてこない、 被災地住民の生の声を「幅広く」知るのに非常に良い材料だと思います。 義兄に 「ファシリテーターを宮城大学の教授が担当。」 「進行やグループ分けなど随所に配慮がみられる。」 と聞いていたのですが、報告書を見るとそれが伺えます。 KJ法(?)を使って議論を整理・集約しています。 また、被災地外から見ていると、被災地・被災者と一くくりにして考えがちですが、 実際には、家族、家屋、仕事を失ったかどうかで、 各自がおかれた環境ひいては心境はかなり異なっています。 そういったことも配慮してグループ分けしたそうです。(=>近い境遇の人でグループ化) このため、グループごとに意見に特色があったとのこと。 ・親族や家屋を失った方々は「安全・防災」 ・仕事を失っている方々は「生活再建」 ・比較的恵まれた環境の人であれば「(観光振興や企業誘致といった)町おこし」 という感じでしょうか。 # 【補足説明】 # 義兄によると、 # 『(家族・家屋が無事かどうかに関わらず)当日、津波を実際に体験した人は、やはり「安全・防災」に一番関心がある。』 # 『その点は、当日・直後に町にいなかった人(町おこしに関心)とは温度差を感じる。』 # とのことでした。 被災地おでってを志す人はぜひご一読ください。 (なお、この町民会議、年齢層・性別には偏りがあります。 30代中盤の義兄が下から2番目に若く。女性は2・3人だけだったとのこと。) 南三陸町震災復興町民会議の報告書(PDF、6.58MB)

南三陸町で出会った人(9)及川博道さん

上海で暮らしていた時にも強く感じましたが、 被災地には、志のある人材が集まっています。(密度が濃い) 特に、あの3月11日から半年が経過しようという現在でも、 おでって活動を続けている人は、 (私が言うのは僭越ですが)高い志と行動力だけでなく、 頭もよく、バランス感覚にも優れた人だと思います。 (高いモチベーションというか激情だけでは半年も活動を続けられないのです。除く自分) そんな一人。 及川博道さん(@883hiro)は、 南三陸町の戸倉地区でながしづ荘を拠点に大活躍されています。 ICTに関する造形が深い(過去に町の情報化戦略委員?もつとめている)のに、 やっていることは仮設住宅敷地での木造ベンチの製作だったりします。 この意味がわかるでしょうか? ベンチがあると、人が集まってきて、コミュニティが生まれて、情報が流通しだすのです。 情報流通は、まずここから手掛けないとダメなんだと教わりました。 (ご本人の表現を借りると、「情報環境の仮設復旧」) こういうアナログ&ローテクな活動と並行して、 ハード面としての情報インフラ(例.10台のモバイルルータを動的に設置)の整備、 ソフト面としての情報リテラシ(例.Twitter講習会)の向上も手掛けています。 ( 資金や気温や仮設住宅環境によって動的に変わるが、 現在のところ、50歳以下はTwitterとWifi環境、70歳以上はベンチが解とのこと。 ) 脱帽です。 お話させていただいた時に特に印象に残ったことが3つ。備忘録として。 ・現在の課題解決と未来の課題解決の双方が同時に求められている。 ・東京のITをそのまま持ってきてもダメ。文化的土壌(例えば漁師のDNA)を考慮すること ・超長期スパン(1000年)で戸倉地区の復興を考えている。 ICTを活用した被災地支援を考えている団体・個人は、 及川さんに会って話してみることをおすすめします。 # 震災直後の救命・生命維持段階でのお話もとても興味深いですよ。 【参考】及川さんが策定に関わった、「南三陸町情報化推進計画」(PDF、1.8MB)

月刊「おぢゃとも」創刊

南三陸町出身者の手による情報誌・月刊「おじゃとも」が創刊されました。 現地の仮設住宅などに無料で配布されます。 こちらからダウンロードできます。(PDF、4.8MB) いったい、なんなのこれ? 信じがたいほど、コンテンツが充実しています。 インタビュー、四コマ漫画、川柳、レシピ、お店情報、… 文章、デザインも洗練されています。 ゆるキャラ「だんごうお係長」のTwitterアカウント(@55dangouo)も開設されています。 (談合係長ではなく、だんご・うお係長。) 凄いなぁ・・・ トップ記事では、地元を代表する企業の社長・ホテルの女将さんのインタビューに加えて、 伊藤聡記者の熱い思いも綴られています。 ちなみに編集長と、記者は、 再開情報マップで一緒に活動させていただいているお二人。 光栄です。

“自給自足”から”現地で消費”へ(ボランティアの行動指針)

南三陸町お店再開情報マップは、「いいね!」が100を超えました。 現地の地理感がないボランティアさんにおすすめです。私自身、地理感がつくまでは、重宝しました。 震災直後は、ボランティアの基本原則として、 「自給自足。現地の食料や水、燃料などの資源に手をつけてはいけない」 が推奨されましたが、現在はまったく状況が違っています。 「ボランティアは現地で購入できるものは現地で購入(することも復興支援になる)」 という発想でお願いできればと思います。 南三陸町の場合、一部の家電製品(扇風機)を除いて、 食料、燃料、衣料、宿泊、風呂、… など全てまかなえるようになっています。 何が、どこで提供されているかがわからない。 そんな時、再開情報マップを活用していただければと思います。 # ボランティアが営業妨害になっているという話を聞くことがあります。(例えばヘアカット) # 善意が独善になっていないか?を常に自身に問いかけないと。。。

語り部ワークショップ in 南三陸町

8月7日は、地元の語り部さんをお招きして、総勢15名でワークショップを開催しました。 以下がその時の模様です。 3月11日に南三陸町で何が起こったのか? 実際に現地の光景(5ヶ月が経過しても復旧さえもまだまだ)を見て、 (死を覚悟したという)現地の人の話を聞いて、質疑応答させていただいて、 多少なりとも理解できたような気がしました。 最後に、見た事・聞いた事を念頭に、 グループごとに復興貢献プランを議論・披露してもらいました。 禅悦さんに復興プラン大賞を選んでもらい、 賞品の焼酎を贈呈、集合写真をとってお開きとなりました。 語り部を引き受けてくださった菅原さん、 質疑応答で場をリードしてくれた佐々木さん(ITで日本を元気に!代表)、 場の提供に加えて、当日の模様を違った視点から語ってくださったの真さん(食通 さとみ店主)、 参加してくださったみなさまに感謝です!! ところで、、、段取り悪くてすいませんでした。m(__)m

ガレキ撤去おでって in 南三陸町

8月6日は、初のガテン系おでってとなる、ガレキ撤去をやってきました。 受付となるボランティアセンターは、大勢の人でごったかえしてました。 対応している職員さんは、フル回転。本当にご苦労様です。 割り当てられた作業場所は、義父も以前勤めていたという「保健センター」 震災から5ヶ月が経過するのにいまだ手付かずの場所があるのに驚きました。 30人くらいの男性が半日(実質4時間くらい)作業しても、まったく進みません。 当日は気温30度くらいになったこともあり、ムチャクチャきつかったです。 それでも、4月頃から作業している人達に言わせると、 「当時の半分くらいのきつさ。」とのこと。 当時は民家が活動の中心で、水を吸った畳などがムチャクチャ重かったり、 食品の腐臭が酷かったそうです。 ひえぇ~~~。です。 地道できつい仕事に長期にわたって取り組まれている人がいることに感動しました。 おでってに疲れる時があったら、この方達の顔を思い出して自戒したいと思います。

南三陸町復興おでって~その4

8月6・7日に、南三陸町に行ってきました。 金曜日22時に出発して、戻ってきたのが日曜日の24時。(二泊二日?) 南三陸町入りは、震災後は四回目。 ついに震災前に行った三回を超えました。 今回の活動はこれまでで最も、盛りだくさんだったように思います。 ・かたづけ隊(ガレキ撤去) ← めっちゃきつかったです・・・(汗 ・野球おでって(贈呈セレモニー) ・民宿おでって(顔合わせ・プラン説明) ・ICTおでって隊のおでって ・南三陸町ファンづくり(語り部など) あと、再開情報マップ用の写真撮影が少々。 相変わらず段取りが悪く、 後ろのほうの活動は、終了が1時間以上ずれ込みました。 関係者のみなさま申し訳ありませんでした。m(__)m これらの取り組みのフォローにくわえて、 早急にECサイト立ち上げと民宿おでってプランの具体化が必要です。 幸い、本日、本業(プログラマ)の重要なマイルストーンが終わったので、 しばらく、ゆっくりできそう。 息子(今日で2ヶ月!)を見習って、全力で生きます。(笑 これまで見守ってくださっていた方々、 今後、取り組みの拡散協力などお願いしたいことが出てくるので、 その時はぜひご協力お願いしますーーー。m(__)m 被災地おでっては、これからが本番だと強く感じた二日間でした。

語り部さんの話を聞いて復興貢献プランを考えるワークショップ in 南三陸町

今週末(8月6・7日)に、先輩お二人(初めての被災地入り)と南三陸町に行きます。 これで震災後は4回目の訪問になります。 今回は、瓦礫撤去をやってきます。 朝8時半に災害ボランティアセンターに行って、 そこからニーズのある場所に派遣されて、9時~15時半頃までみっちり。 ケガに注意しながら頑張ってきます!! # 8月6日の天気が微妙(曇りのち雨)なのが気がかり。。。 ちなみに、瓦礫撤去して東京に戻るだけだと、 それ以上の応援・関心の広がりが無い気がします。 そこで、ある企画を考えたところ、総勢14名の集まりに発展しました。 復興居酒屋で、 語り部さん(震災当日に津波をまの当たりにした方)の話を聞いたり、 その人の強みを生かした復興貢献プランを考えるワークショップです。 安い(会費1000円)とはいえ、お金もいただくのでいいかげんなことはできません。 自分で蒔いた種とはいえ、プレッシャ。(汗 参加者に満足してもらえるよう、 そして、 南三陸町ファンになってもらえるよう 内容を作りこむチャンス!!

広太、かわいい

昔から子供は好きでした。 自分の子だったらどうかな?(大変で好きとか言ってられない?) という一抹の不安がありましたがまったくの杞憂でした。 こんなことを書くと妻に、 「あなたは、面倒なことやってないからね。」 と叱られそうですが、、、 むちゃくちゃカワイイですね。 特に、、、 寝顔。 癒されます。 なんなんですかね。これは。